Happy doesn’t matter feeling.愛と同じね。

しあわせという言葉があるからややこしいのだけれど。

しあわせとは存在そのもの。

しあわせになる。とか しあわせにする。とか 必要ないの。 もともとしあわせだから。

だから大丈夫。   わたしたちは わたしたちを生きるだけ。

 

今朝の市場は しあわせだったなー。

文を書くときは 「しあわせ 云々、、、、」と書かざるを得ないからね。ほんとう ややこしいのですよ。今 いるこの世界自体が ややこしいからね。ほんとはシンプルなんだけどね。、、、、どっちなの一体???

 

花がもうかわいくてかわいくて ありがたくて うれしくて。

 

そういう風に いつもSNSに投稿している フローリストがいて 何気に読んでいたのだけれど、今のわたしはそんなじゃないんじゃないかな、そんなに花が スキスキー!!!って感じじゃないのでは―?と 少し冷めた感じていたのです。

それもあったからかな  今日は そのフローリストのように 花が愛おしくてたまらなかった。そのSNSを見ていなかったらもしかしてもっと長い間 そういう気持ちにならなかった、というか気づかなかったかもしれないなと思って、やっぱりそのひとの何気ない日常が誰かの気持ちを知らず知らずあたためていたり、癒したり、元気づけたりしているのだ。とうれしくなって朝からにんまりだったのです。

 

わたしはもちろん花を愛している。 花の仕事はわたしの人生そのものだ。

だからこそ あまりに当たり前すぎて そう 存在そのもの過ぎて 一体化し過ぎて よくわからなくなることも多い。

でもそれはそれでいいと思っていて

しあわせに感じることって 何かはきっかけになるのだろうけれど そのきっかけが自分の存在そのものを震わせ そのきっかけと共鳴し 光をあてることのような。  うーん 言葉が乏しい、、、、。 でもそんな感じ。

 

だから そのきっかけは奇跡のタイミングであり、それがあっても、なくても

わたしたちはいつだってしあわせなのです。

 

 

 

 

 

 

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