You can choose everything. 神様の言うとおり。

お酒とのつきあい方を模索し続け30年が過ぎ今ようやっといい距離感が保てそうな。

まだまだ予断は許されませんが。

このひと月で5杯くらいしかのんでない。

5杯と数えているのがまだまだな感じの予感ね。

 

でもこの5杯が鍵を握っているのは確かで

0か100かで生きてきたわたしにとって新しい挑戦になるからだ。

挑戦なんて大袈裟ですが、ここはあえて大袈裟にいきたい。

 

お酒を控えているからといって特にいいことがあるわけでもなく

の目覚めはいつも通りだし、夜の寝つきはあまりよくないまま。

のんでものまなくても1.2時間(長い時は3.4時間!)何もしない不毛の状態で夜を過ごす。寝ればいいのに眠れない。電池が切れた何かのようにただただそこにいる。疲れてないんじゃないの??とかこの時間を何かにあてることができたら?とか暇とはこのこと??とか散々思ってきたけれどきっと必要な時間なんだろうと今はもがくのをやめている。わたし流の瞑想とでも思うことにする。

覚えていたい夢はやっぱりすぐに忘れてしまうし、現の世界でも相も変わらず色色なものを忘れてくる。(愛と仕事は忘れたことはありません。)

カラダの調子も普通だし、ココロは秋の空のようにくるくると変わる特技は健在だ。

 

お酒を減らしたとして煙草をやめたとしてベジタリアンになってファスティングしているからといって病気に絶対ならないわけではない。不摂生を続けても一生健康のひともいる。

確か俳優のキアヌ・リーブスがずっと前にインタビューか何かで話していた

「我慢して節制を続けていたのに病気になって、まるで不摂生、不健康の典型のようなひとが健康に生き続けているのを見て、こんなことになるんだたら我慢しないですきなことをしていきればよかった。と後悔する人生なら、、、、。」

かなりリライトしていますが、こんな感じの内容の記事を読んで、目的や目標を掲げそれを目指して何かを我慢して生きるというより、今の自分の気持ちにいつも正直に生きていきたいなあ。

と思ったのを思い出した。

 

とにかく自分に正直に生きていきたい。というおもいが強い。

 

 

お酒を控えてからただひとつだけ変わったことは

絶不調の日がない。

(実は。カラダに合わなかったのです、、、煙草もね。自分でも信じられない今までが。)

これはかなりわたしにとってはありがたい。

今 絶不調になっている暇はないのだよ。

それでなくても前よりすべてのことにはるかに時間がかかるのだから。

 

そしてなによりお酒を控えている今のわたしがいい。

いいと思えるわたしを選ぶ。それだけのこと。

それだけのことなんだけど大袈裟に一大決心しないとなかなかできなかったこと。

 

友人たちと出かける時は

お酒を丁寧に大切にしつこく味わっている。量ではない数ではないその存在を。

ダイスキだから必要だから大事につきあっていきたい。

 

制限があるからこその選択を楽しめる毎日を人生をわたしを選ぶ。

 

 

 

 

しかし。いけた花を見ながらダイスキな友人との話しに花を咲かせのむお酒は格別ですね。

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