a nonsence sence. なににもとらわれない。

花をいけるのにセンスは関係ない。

と 言いつつも

あらゆるもの、ことに、精通していたり

驚くほどに造詣が深かったり

理由はよくわからないけれど(多分好み)センスが素晴らしい―。

ひととしてなんだかとても魅力的だわー。

と感じるココロからのリスペクトを捧げるだろうひとに

 

わたしのLOVEWORKに 興味をココロを注いでいただけることは

かなーりうれしい。にやける。スキップものだ。

 

わたしは自分では

まあまあ、まあまあ、センスはあるとは思っている。

自分の創りだすものを LIFEWORK にしているひとには

センスはないよりあった方がそれはいいに決まっている。

自分でいい!とココロから思えるものを(自画自賛は必須)

愛の結晶である大切なお金と交換に本当に欲しいと思えるものを

お客さまに提供するのが 勤めであり 務めであり 努めだ。

 

花は わたしのような まあまあ、まあまあ、センスがあるひとが

そのセンスを拠りどころにいけてしまえば

たちまち壁にぶつかり 進むべき道がわからなくなり 途方に暮れる。

それででもまだ 壁にぶつかるなら それは成長の過程だったりするけれど

壁にも気づかず

無理やり壁を壊して突き進んでいくならば

とても小さな世界の中で 花をいけることになる。

 

花の 真の美しさに は いつまでもたどりつけないままに。

 

センスとは

今までの自分が経験したこと見たり聞いたり読んだりしたものが入っている

あらゆる情報の引き出しの中から

どの引き出しを選んで、それを開けて 今の状況に必要な情報を取り出すか を

瞬時に判断できるかどうか。だと思っている。

 センスとはデータ重視の価値観

とは統計学の権威の話し。

センスとは統計学的な?

 

 

花の美しさは わたしたちの限られた情報量を軽々と超えたところにある。

逆に センスのよさが 花の美しさを見逃してしまうという

かなしい結果になることもあったりなかったり。

 

センス より

統計学 より

平均  より

 

一期一会の花と自分で 新しい世界を楽しんで。

花とは それができるから。

 

 

 

花と それができるなら

他のことでもできるんだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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