Holding a bouquet.           連鎖する愛。

男のひとが花を持つ。

しびれる。かっこいい。いい男に違いない。女心をわかっている、、、、。

女性から見れば有り余るほどの賞賛の言葉が溢れんばかりに出てくる出てくるのに

男のひとの多くは花束を持つのは恥ずかしい。照れくさい。と言う。(日本男子特有?)

何が恥ずかしいのかよくよくわたしたち女性からは理解できない。

 

特に愛する女性に花を贈る時。

相手が必ずやよろこぶたろう行為を恥ずかしがるのはとても不思議なこと。

がっかりされるかもしれなかったり

嫌がられるかもしれないことなら 恥ずかしいのはわかるけれど。

ほとんどの女性は花を贈られたらそれはもううれしくてうれしくてしかたないはず。

例外もなくはないけれど、、、。

25年の花歴で一度だけ例外を目の当たりに。

露店だった頃のmoonStruckでの出来事。

あるカップルが露店の前で立ち止まり

「誕生日の花 どれがほしい? 」と男性が聞いた。

かわいらしい20代前半くらいの女性は

「花よりケーキがいい!」

と愛くるしい笑顔であっけらかんと答え、あっさりとmoonStruckを去って行きましたとさ。

少なからずもショックを受けたものの

正直で潔いわー。と感じたのを覚えています。

とはいえ

私に息子がいたとすれば(息子も娘もいないのですが)花ずき女子をお嫁さんにしてほしいーと

思ったりしたものでした。

 

花を贈る、花をお家に連れて帰る男子を町中に増やしたい!  それも世界平和への第一歩。

と本当に本気で思っていて

繁華街で花やの露店をスタートさせた理由のひとつだった。

 

男子でも立ち寄りやすい花や

男子が抱えてもかっこのよい 絵になる 仕上がりの花束を意識的につくっていたものだ。

 

 

花を抱えている男子を見るたびに

安らかな気持ちに満たされる。

 

贈られたひとがよろこぶだけでなく

花束を抱える男子はそれだけで 周りに愛と感動の波動をひろめているのです。

LOVEの連鎖。美しい連鎖。

 

そんな美しい行為を 恥ずかしがらないでほしいなあ。

 

 

それでも最近では花ずき男子もずいぶんと随分と増えつつある。

実際にわたしの友人たちは愛するひとに それはうれしそうに花を贈る。

 

 

男たるもの。と男気に溢れる男子こそ その背中合わせに

女性的なやわらかさやあたたかさも兼ね備えていると思っていて

男気を感じさせるたくましい女性ほど

女性らしい色や艶を隠し持っているのだ。

どちらかが強ければ その反対側も強い。  この2極の世界ではそれがバランスではないか。

 

 

1960年代 フラワーチルドレン と呼ばれていた若者たちのスローガンは

「武器ではなく、花を」だった。

平和の象徴である花に反戦への思いを託し、花や花柄を身に着けたり、人々にも花を配ったという。

 

 

強いものが弱いものを制するのことが理不尽にもまかりとおり暴力的なことが日々ますます増え続けているように感じられる今

真に強いものこそ 花を抱えるように 平和を愛を真理を掲げ

LOVEが連鎖する世界を創っていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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