It likes the dreams. 夢か現か、現が夢か。

眠っている間にもひとは旅をしているのだと思う。

意識ではコントロールしていない、コントロールできないからこその

果てしないイマジネーションの世界への旅。

空を飛ぶことも

恐竜になることも

まったく違うひとになることも
なんでもできる。

 

わたしの昨日の夢は、、、、忘れないように。とメモした「アシュレイ」

しか覚えていない。

いつもほとんど覚えていない。 特にいい夢は。

 

ひとは睡眠中に膨大な数の夢を見ていて起きたときに覚えているのはその1%に過ぎない。

という衝撃の研究結果があるようで

夢を覚えていなくてもひとは必ず毎日夢を見ている。

というのはずいぶんと昔に聞いたことがあって知ってはいたけれど

覚えている夢が1%に過ぎないとは、、、、

わたしたちを司るDNAもまだ
たったの3%ほどしか解明されていない
宇宙のことで解明されているのも3%、、、、。

わたしたちの知が果てしなく届かないところで世界は形成され動いている。

見えている世界はあまりにも小さい。

その見えているものは 見えないものが存在することで創りだされている。

 

夢を見ている時の脳は

実際にテレビなどの映像を見ている時と同じ働きをしている。というから

不思議だ。

さらに日本睡眠学会理事で江戸川大学社会学部人間心理学科教授の福田一彦氏の言葉によれば

夢を見ているとき、私たちの脳は自発的にリアルな画像を作り、それを目で追って見ている。夢はまさに自分自身が作る究極のバーチャルリアリティーといえるわけです。そしてその画像は脳にしまわれている過去の記憶の中からたまたま表れ出てきたものが結びつき、ストーリー化されて夢となる。、、、、、、、、、、、昨日の記憶と5年前の記憶が突然結びつくことだってあります。

 

わたしが小さいころ何度も繰り返し見た夢。

荒野のなかの森をティラノザウルスに追いかけられ もうこれ以上逃げられない崖っぷちで

途方に暮れる原始人(多分)のわたし。そこで目が覚める。

そう途方に暮れる感じなんだよね。

今と変わらない。ちっとも慌ててない。

 

慌ててないはず。

ある日突然 その夢の目線に気が付いた。
追いかけられている目線じゃない、、、、。
追いかけている目線だった。

原始人ではなくて

ティラノザウルスだったみたいわたし。

同じ映画を見ていても

どの登場人物に感情移入するかでストーリーが全く違うものになるように

人生もまた同じなのだろう。

わたしたちは夢を追いかけているのか。追いかけられているのか。

 

 

実際に現で何かを見ているのと同じ脳の動きをしているのだ

夢と現が明確にわけられるはずがない。

夢が現で

現が夢

ということはないか。

夢と現は実は同じ。ということはないか。

はたまたわたしたちが夢そのものか。

そこらへん

植物たちはきっと知っているに違いない。

いつか教えてくれるだろうか。

 

最後に「アシュレイ」を調べてみた。

「アシュレイ」(אשרי)とは、ヘブライ語で「幸いな」を意味する言葉です。

その昔、ヘブライ世界では、神への祭壇を築くときに自然石を積み重ねました。
ひとつひとつの石を切り出して形をそろえることは決してしませんでした。
この「アシュレイ」の語幹の「シャレム」には、「ノミをあてない」という意味があります。

ありのままの姿を喜んでよしとすること、だから、無理に強制しようとせず、そのもののよさを受け入れること=“幸せ”、という考え方です。

 

 

 

 

 

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