It is only with the heart what can see rightly.目を閉じて、愛の魔法をかけましょう。

無題.png

ある日。
目を閉じることで
今目の前にあったものが見えなくなる(無くなる)って
これってすごいことなんじゃないのーーーーー???
これは魔法だ!と気づき静かに興奮。
あまりにもあたりまえすぎていともあっさりと
見過ごしていた能力。
一瞬で目の前の世界が変わるのだ。
めくるめくイマジネーションの世界。
目を開けている時には見えないものが、イメージさえすれば
なんでも見ることができるのだ。

瞑想する時大抵目を閉じる。
外からの情報があればあるほど内にある純粋で美しいものと
繋がりにくくなるのは、ひとの性質の弱点とも言える特徴。

ココロの目で見る。とよく言うが、
目を開けば簡単に見えてしまうことで
無意識に見逃し、見えていないものがたくさんあるのだ。
逆に見なくてもいいものが見えていたりもする。
だから目を閉じて、ココロの目を開く、拓く。

そして、般若心経「色即是空」にあるように
目に見えているものも実際には実体がない、、、、。
しかも、ひとが見えている画像と他の動物や、昆虫などの
見えているものは異なっている、というのだから
この世界でわたしたちが目で見ているものたちが
すべてではないのは明らかだ。

目には見えないけれど、確かにそこにあるもの。
それこそが、ひと、植物
生きとし生きるものすべてに共通する
たったひとつの真理なのだと思う。

目のない植物たちが(他の感覚器にあたる器官も
(耳、鼻、舌、身、意)すべてがない)この世界に適応し
変化しているのは、純粋な利他の精神、植物的本能で
全体の心地よさを目指しているから。
感覚がなければ本来、適応することは不可能だというのに、だ。
植物たちは愛そのもの。
植物たちの活動は現代においては魔法なのかもしれない。
それは愛の魔法。

感覚器あるがゆえにわたしたちは愛から分離し、思考に占領され、
常に比較、ジャッジをして生きているのだから、実に切ない。

色メガネという 言葉がある。
自分の価値観や考え方の色を通して対象を判断する例えだか、
もしかしてわたしたちは、目が見えるということだけですでに
色つきのメガネを誰もがかけていることになるのではないか。
なんとももったいないことだ。

だからこそ、目を閉じて、ココロ静かに、イメージしよう。
美しい愛の世界を。

すべては移り変わる。移り変わるからこそ、今ここがわかる。
目を閉じることで、一旦世界を遮断する。
断ち切ることで確認するのだ。今にすべてがあるということを。

目を閉じて愛をイメージするだけで世界は変わる。
シンプルで簡単な魔法。愛の魔法。

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中