It is the time to remember all. 思い出すために忘れるのだから。

小さい時からずーーーーーっと日常的に
色色なこと、もの、ひと(ごめんなさい、、、)を忘れてきました。
手に持っているものは大抵どこかに置いてくるか、落としてくるのです。
ここまでくると特技!?と思ってしまうくらい、、、。
ただそのお陰で
良いと思われることも
良くないと思われることも忘れる
だから繰り返す、でも懲りない。
ひとから言わせると、七転び八起きの人生らしいけれど
自覚がまるでなく、七回も転んだっけ?はて?みたいな感じ。
だからと言って決して脳天気に生きてきたわけでもなく
かなりシリアスチックに40代半ばまで過ごしてきました。

忘れっぽいのにシリアスとは??

この二極二元の世界では、すべては逆もまた真なり。表裏一体。

自分にとてもとても残念な性質があるとすれば
それはいつでも素晴らしい能力に変わる可能性を秘めている。
逆に、最高に抜きん出た才能があったとしても
それはいつでも簡単に弱点に成りうるのだ。
何かしらの特徴的なものは
その反対側にある特徴的なものをはらんでいる。

わたしはいつも今を生きている。今以外のことには頓着しない。
すぐに忘れてしまう。それがどんなによかったことでも。
その分、新しい環境や状態にすぐになじむ。
だがしかし。今に生きるからこそ、今に執着しシリアスになる。
今しかないから。今欲しいから。今会いたいから、、、、、、。

でも気づいた!
それらはすべて外に向けての執着だった。
自分の内にある今、を生きていなかったのだ。
わたしの内の今、はいつも静かで穏やかだ。
何も求めない、何もジャッジしない、満ち足りている。

ちょっとでも外にココロを向ければ
たちまち欲望の渦に巻きとられてしまう。
もっと評価されてたい。もっと求められたい。必要とされたい。

そう強く思えば思うほどその願望からは遠ざかるのです、、、、。

 

わたしたちは生まれるとき
誰もが裸で両手には何も持っていなかった。
すでにすべてを持っていたから。

そこからどれだけたくさんのものや
おもいを手に入れてきたでしょう。
(それらはすべて幻想ですが、、、)
植物たちより退化したと同じようにわたしたちは
赤ちゃんよりも、成長したのではなく
後退して生きているのでは??
クラウンチャクラが完全に開いていること
羊水にブループリントを保っていると言われていることからも
生まれたばかりの赤ちゃんは魂のワークを知り高次元と繋がっているのは明白ですね。
大人になりわたしたちは
その断ち切れてしまったように感じている繋がりを
また結ぼうと必死だ。

なぜ、わたしたちは忘れるのでしょう?

それは思い出すため。鮮烈に記憶を取り戻すため
なのだと感じています。

そんな手の込んだめんどくさいことをしなくても
忘れなければいいだけのことじゃない!、、、、
と忘れるのが特技、、、のわたしも思います。
が、しかし、わたしたちは忘れることでしか
今を純粋に生きることができないからなのではないでしょうか。

そしてひとは、記憶に留まっていることを
意識的に忘れることはできません。

無意識のうちに忘れてしまっているたったひとつの真理。

FORGET = FOR + GET

そこにたどり着くために。それを手に入れるために。
わたしたちは忘れ、そしてまた思い出す。

思い出すことを忘れないように導いてサポートしているのが
わたしにとっては花であり、植物たちなのです。
真にありがたい存在です。

 

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