a place where i can be myself. 花もひとも場所で変わる。

 

花を1輪でもいけると

その場が劇的に変わる。

それだけ花にはパワーがある。

その場その場にも計り知れないパワーがあるだろう。

花が場を変えるのか。

場が花を変えるのか。

お互いがお互いに作用し合い何かしらのエネルギーが結ばれ

一期一会のタイミングで新しい花になる。新しい 場になる。

 

花をいけるのに必要不可欠なもの。

いけるひと

LOVE

(ハサミ)

なぜハサミがカッコ内かというと

全くハサミを使わず切らないでいける時もあるからだ。

花はできる限り長いままが美しい。というのがわたしの思い。

短くすればするほど本来の美しさとはまた別の美しさを

わしたちは花とともに生み出していく必要がある。

だったら野にあるままに花を摘まなければいいではないか。

という声も

もちろん承知している。

そこはまた別な機会にまた改めておもいをきっと綴ります。

 

花のレッスンと違って実際に場に花をいける時

まず自分なりにその場を知ることからはじめる。

どんなひとが集う場なのか

どこのスペースに花を必要としているだろう

よりたくさんのひとがより身近に感じられるスペースは

どんな花を必要としているだろう

、、、、、知ることで 花選びに自ずと影響していくのだ。

特に 花の種類は決めずに 選びに行く。

その場を知っているわたしが選ぶというより

その花に出会うというかなんというか。

出会い力が高まっている感じ。

そうすると ぴったりの花に出会う。

時にはいまだかつて出会ったことのない花に。

まさに一期一会。

 

ブライダルブーケ がその最たるもの。

ブーケを持つお嫁さんが 場 になる。

お嫁さんと色色と話すことによって おもいを知り共有する。

 

そうか

知るということは 共有する のだ。

 

わたしが その場になって その花嫁さんになって 花に出会うんだな。

それならまちがいなく相思相愛だろう。

 

25年の花人生で

一度だけ 花嫁さんが納得しなかった ブーケがある。

納めた後 もう一度持ち帰り 手直しして 改めて納め直した。メインの花を変えたのだ。

おもいに応えられず申し訳なく(言葉には表現できない複雑なおもい。

申し訳ない。では届かないおもい。)

花の仕事をやめる時だ。とおもうくらいかなしかった。

 

どうしてそうなったか

様々な要因が考えられるけれど

おもいの共有までたどりつけていなかったのだと今は感じています。

花と相思相愛になる以前に

花嫁さんとつくりての信頼、お互いのリスペクトが不可欠。

 

そうは思いたくないけれど

認めたくないけれど

 

 

LOVEが足りなかったのでしょう。

 

 

 

LOVE。

わたしにある確かなものはLOVEだけなのに

それが足りないのではお話しにならない。

いい仕事かできるはずがない。

 

だからこそ

花を必要としているその場を知り

今の自分が持っているすべてが出し切れるよう

自分が自分でいられるよう リラックスすることを大切にする。

その場 を愛すること。信じること。

それによって

その場からも愛されるのだ。

LOVEの連鎖が生まれた時

まだ知らない未知の領域に軽々と到達することができるのだ。それが一期一会というものだ。

 

それは

心地よいと感じられる場に今 いるのかどうか からはじまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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