REmember our roots.すべてはひとつ。

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臨済宗のお坊さんであり執筆家の玄侑宗久氏
(「中陰の花」で第125回芥川賞受賞)は

現代語訳 般若心経のなかで

植物はまた別の世界に住んでいて
空を空のまま感じる能力を持っていると語っています。
「動物たちは、ある意味で植物よりも退化したのかもしれない」とも。

植物たちは「間」をまとっているというよりも
「間」そのもの??

わたしたちが植物たちより退化した。
という玄侑宗久氏の仮説はあっさりとわたしを

納得させてしまい
もはやきっとそうに違いないと確信しています。

人間主導の世界はもう時代遅れ。
つくっては壊しつくっては壊し、永遠にゴミを排出し続ける。
部分だけを見て全体を感じとれないアイデンティティを掲げ
憎しみ合い、奪い合う。

アイデンティティとは他者や外部要因があって
はじめて成り立つもの。
が、しかし、それらはすべて変化するのだから
アイデンティティも変化していくべきものと感じるのだが

変化にかかわらず、連続する同一のものであること。が

アイデンティティの定義のひとつ、、、、

こんがらがる。
仏教の世界ではアイデンティティは認めていないという。
すべてが空だから。
この実体のない世界で、アイデンティティを確立する!
となると
いつしか自分の内にある真理とずれが生じていくのは
あまりにも明白である。
いつまでたっても安らげる毎日は

永遠にやってこないのだ。

 

植物たちは

アイデンティティにふりまわされることなんて

ないんだろうな。

空を空のまま感じる。どういう感じなのだろう。

 

「あの文豪として名高いゲーテはイタリアに作った

自分用の植物園で
2年間研究に没頭し 「植物の変態について」という

論文を書き上げ
すべての植物の元になった「原植物」を想定し
それは無数の形態に発展する能力を持ち
知覚を超越した能力を持っていたと推測しました。」
現代語訳 般若心経/玄侑宗久著p48より抜粋。

原植物の体現であるこの図は今日教科書に

様々な変形で表れるが
案外ゲーテに由来することは知られていない。
ゲーテと植物Ⅰ 長田敏行氏論文より

sう

この図を見た時に、カバラ思想の概念を表した

フィロト(生命の樹)と
漠然とイメージが重なり
この記事を書くことにより初めて調べてみました、、、、、
生命の樹。
これから学んでいくのだな。
と感じています。今まではツリーオブライフとして
岡本太郎の作品を見たり、ブラット・ピット主演の映画を見たりと
実にじんわりと近づいてきてはいたものの
深く知りたい!とまではいかず。
このなにげない点と点が繋がり、結び合い、花が咲くように
拓かれていく潜在意識こそがわたしの人生を
この世界を創っていることを今は楽しみながらココロ静かに
ひとつひとつパズルのピースを発見していくのです。

わたしたちが植物たちより退化したのであれば
退化する前を思い出せばいいのですから。
RE MEMBER.
いよいよわたしたちも
メンバーの一員に戻る時が来た。

 

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